高知学芸高等学校の学校生活

授業ではないけれど、担任の先生は「授業は休んでも遠足だけは這ってでも来い!」という人でした。

上海列車事故・1つ下の学年が事故に逢いました。学校創立以来の始めての海外修学旅行でした。3班に分かれていて、ひとつは東北地方へ、1つは前期の上海行き、1つは後期の上海行きでした。 事故に逢ったのは後期の上海行きの班の生徒達でした。教師の中にはそれ以来、すっかり人間が入れ替わってしまったようになってしまった教師もいました。事故後1年経って、やっと退院した、やっと復学できた、という生徒もいました。

高校が進学校なので、「野球部は作らない」という方針でした。甲子園に出場、ということになったら、勉強に差し支えるという理由です。 学校の雰囲気は、とにかく「管理教育」という感じです。生徒の個性を伸ばそうとか、生徒のいいところを見つけようという気風ではありません。とにかく勉強していい学校に進学しなさい、という感じでした。そして学校自体の成績をあげなさい、という感覚が感じられました。

特に戻りたいとは思いません。庶民にとっては、お金持ちの子供の多い学校だったので、大変い辛いところでした。
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